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東京高等裁判所 昭和53年(ラ)325号 決定 1980年3月07日

抗告人

X

右代理人

川崎友夫

外四名

相手方

Y

右代理人

繩稚登

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるというのであり、その理由は次のとおりである。

(抗告理由)

1  本件の別居の原因に関する原審判の認定は、要するに、本件夫婦関係は、相手方の入院が二週間・三週間と続くうちに、抗告人の相手方に対する愛情が次第に薄らぎ、夫婦間にわだかまりを生ずるようになつたことにあるというのであるが、これは、事実誤認もはなはだしい。

すなわち、本件夫婦関係は、相手方の入院中のみならず、退院後の昭和四六年一二月一六日ごろまでは、なお極めて円満であつたのであり、例えば、抗告人は相手方に対しその入院中に指輪をプレゼントして思いやりを示し、相手方も非常に喜んだりしていた。これを破壊したのは、相手方の勝手気ままな常軌を逸した行動であつて、右一六日にライター投棄を巡る口論があり、これに端を発して、相手方は、翌々一八日、抗告人と先妻との間の長女昭子に対し、「出て行くからね。お礼参りはさせてもらうからね。」と言い残したりして勝手に出て行き、その当日相手方の母とともにタオルを持つて近隣に離婚の挨拶回りをする等ひどい仕打ちをしたのである。それでも、抗告人は、翌昭和四七年一月一一日相手方が抗告人の取引金融機関から定期預金証書及び取引印鑑を入手しようとするまでは、円満な原状回復の希望を捨てないでいたが、右相手方の預金証書入手の企てを知るに至り、初めて離婚を決意したものである。

このように、相手方はささいないさかいを契機に勝手に飛び出し、相手方の両親も真実を究めようとはせず、娘の勝手な行動に同調したというのが、本件別居の原因であり、その責任の大半は、相手方及びその両親にある。独断的に別居をした配偶者、夫婦関係破綻についての決定的な有責配偶者からの婚姻費用分担請求は認められないというのが、幾多の裁判例の示すところでもある。したがつて、抗告人は、別居中の婚姻費用を分担しなければならない理由はない。

2  のみならず、(1)相手方には、子もなく自己の生活費ぐらいはかせぐ能力もあるから、抗告人には、婚姻費用分担の義務はない。また、(2)抗告人の提起した別件離婚訴訟においては、請求認容の第一審判決があり、上訴審では慰謝料及び財産分予の点のみ争われているにすぎないから、離婚そのものについては双方間に合意が成立しているに等しく、したがつて、第一審判決言渡しの翌日以降は、婚姻費用分担の義務がない。なお、(3)審判時以前の過去の扶養料は、家事審判事項に該当しないこと等との比較衡量からすれば、既往の分の婚姻費用分担請求権は消滅したものと解するのが相当である。

二抗告理由1について

抗告人は、円満な夫婦関係を破壊したのは相手方の勝手気ままな常軌を逸した行動であり、責任の大半は相手方及びその両親にあると主張する。そして、一件記録によれば、相手方は、昭和四六年一二月一八日ごろ話合いに来た母とともに抗告人宅を出たのであるが、その当日母とともにタオルを持参して近隣に挨拶回りをしたこと、次いで抗告人の営む旅館の帳簿を取り上げたこと、その後更に抗告人の取引金融機関に赴いて預金証書等を受け取ろうとしたこと等の行動に出たことを認めることができる。

しかしながら、同じく一件記録によれば、これら相手方の行動は、食事に関する注意を相手方が素直に聞かなかつたというささいなことに立腹して粗暴な挙に出た上、相手方に出て行くよう申し向け、相手方の実家に電話して両親を紛争に巻き込んだ抗告人の所為に対し、相手方が反発して執つた行動であると認められる。そうすると、右相手方の行動には、度を過ごしたという点では批判される余地も存するけれども、何といつても年長者であり、先妻との間の年頃の二人の娘も同居して複雑な関係にある家庭の夫として(これらの点は、記録上明らかである。)、抗告人には、より思慮ある態度を執ることが期待されてしかるべきである。したがつて、本件夫婦関係を破綻に導いた原因としては、抗告人の責任をまず取り上げざるを得ないものである。

よつて、抗告人の右主張は、採用することができない。

三抗告理由2について

配偶者の一方に自活能力があるからといつて、資産、収入その他一切の事情を考慮した上での他が配偶者の応分の婚姻費用分担義務を否定することができない。したがつて、抗告人の(1)の主張は、採用しない。

次に、離婚訴訟が係属している場合であつても、夫婦である以上、現実に婚姻解消に至るまでは婚姻費用分担義務を免れるものではないと解すべきである。もつとも、離婚請求認容の第一審判決があり、これに対する上訴審においては慰謝料と財産分与の点のみが争われているという場合には、婚姻費用の分担が夫婦共同生活を維持するためのものであることに徴すると、一定の段階以降は婚姻費用分担義務がないのではないかという点は、確かに検討に値するところではある。そして、現に、当庁昭和五三年(ネ)第三七五号・第四一四号事件判決によれば、抗告人・相手方間の離婚等請求控訴事件では、慰謝料と財産分与の点のみが争われていたことを認めることができるけれども、右事件判決においては、相手方から本件婚姻費用分担の申立てのあることを特に斟酌した上、抗告人の支払うべき財産分与額を金一〇〇万円としており、一方、相手方は、抗告人の負担すべき本件婚姻費用分担額を増大させるため殊更に右訴訟事件を引き延ばしている(ちなみに、右訴訟事件は現に上告審に係属中)とも認めることができない。したがつて、本件においては、婚姻費用を婚姻解消に至るまで分担させるにつき何らの妨げもなく、抗告人の(2)の主張は、採用し難い。

また、婚姻費用については、審判時から過去にさかのぼつて分担を命ずることができる(最高裁判所昭和四〇年六月三〇日大法廷判決・民集一九巻四号一一一四ページ)から、抗告人の(3)の主張も、採用することができない。

四以上、抗告理由を採用し得ない理由として、右二及び三の説示を付加するほかは、当裁判所もまた、抗告人は、相手方に対し、婚姻費用の分担として、(1)金三七二万円を直ちに、(2)昭和五三年三月一日から別居の期間中(婚姻が解消された場合はその日まで)毎月金五万円を毎月末日限り、それぞれ持参又は送金して支払うべきものと判断する。その理由は、当審で提出された<証拠>を参酌してもなお原審判の認定判断を動かすことができないと付加するほかは、原審判の説示のとおりであるから、これを引用する。ただし、原審判書八丁表七行目「あつてあつて」を「あつて」に、同丁裏六、七行目「相手方にむしろ大部分の責任があるというべく」を「当事者双方の責任とすべきではあるが、あえて両者の責任の軽重を問うとすれば、むしろ相手方の責任をまず取り上げるのを相当とすべく」にそれぞれ改める(右の各「相手方」は、いうまでもなく本件の抗告人のことである。)。<以下、省略>

(岡松行雄 賀集唱 並木茂)

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